長崎市・池島のねこ

長崎市の北西端、2005年に長崎市に合併するまでは外海(そとめ)町と呼ばれた地域に「池島」という島があります。外海地区の中心にある神浦(こうのうら)港から船で10分ほどの距離にある、東西1.5km・南北1.2km、周囲4kmほどの、じゃがいも(メイクイーン)型をした島です。もともと炭鉱で栄え、最盛期には7,000人を超える人口を数えましたが、2001年の閉山後は急速に人口流出が進み、現在は300人前後に過ぎません。池島についてはこちらのサイトがかなり詳しいです。

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神浦港より池島を望む(右端、少し切れてます)

閉山後にこの島から一斉に退去したひとびとが、連れて行けないねこたちを残していった結果、おなかを空かせたノラネコが大量に増えました。残った人たちがそれをかわいそうに思って次第に餌やりをするようになり、一方で適切な量のバース・コントロールは行なわれなくなったために、十分な管理のされないねこが増えすぎて地域問題となっています。

都市的な感覚で言えば、「ねこは不妊化手術を施したうえで、完全室内飼い」が常識でしょうが、離島ゆえに、ことはそう簡単ではありません。島内にはもちろん動物病院はなく、船で本土側に渡っても、車を30分走らせなければ動物病院にたどりつきません。池島のひとびとにとっては「動物病院」というのはその存在自体が意識の上で希薄です。したがって、ねこやいぬが病気になればそれでおしまい。なるようにしかならないですし、避妊・去勢手術によって子孫が増えないようにするという考えもありません。

かつて池島がたくさんの人口を抱えていた時代でも、飼いねこは大部分が「外飼い」、一部が「内外飼い」だったようです。自分の飼いねこが妊娠した場合、自分のところで面倒を見切れなければ「海に捨てる」「殺して埋める」というかたちで処置をしていました。「適切な『量』のバース・コントロール」と上に書いたのはそういうことです。決して「適切な『方法』のバース・コントロール」ではありませんが、数が増えすぎないようにはなっていた。

ひとびとが池島を去るにあたっては、外飼い・内外飼いのねこはそのまま放置されました。幸か不幸か、端島(軍艦島)のような挙島離村ではなかったので、残ったひとびとのうちでねこ好きな方が、半ばしかたなく、そうしたねこたちにも餌をやるようになりました。けれども、そうしたねこ好きな方にとっても、それは「自分のねこではない」わけで、管理の目が行き届かないねこたちは次々に子を産みました。結果として、数年前から、増えすぎたノラネコが地域問題化してきます。

「糞尿のにおいがひどい(特に梅雨時や夏の夕立のあとなど)」「畑・家庭菜園を荒らすので腹が立つ」「道にねこがたくさんいて、車で轢いてしまいそうでこわい(あるいは轢いてしまった)」「ネコノミが大量に増えて刺されて困る(ネコノミはヒトに寄生はしませんが、ヒトを刺すことはします)」「子ねこがしばしばカラスやトンビにさらわれて犠牲になっている」「そもそもねこが多すぎる」などなど、ねこに関わるさまざまな苦情が地域のなかで上がってきています。

そんなわけで、長崎市の行政担当者の方に同行して、地域ねこがらみで今回池島にわたってきたわけです。たとえば「地域ねこ」のようなかたちで、トラブルを減らせないか、というわけです。


さて、池島に行く前から懸念事項となっていたのが、そのねこの多さです。人口300の島に、おそらくほぼ同数のねこがいるのではないか、と言われていました。もしそれらを地域ねこ化するとして、TNRを行なおうとすれば、ざっくり言って600万円の費用が不妊化手術だけで必要になります。上に述べたように、池島から動物病院へ行くには片道船で10分+車で30分かかります。船は神浦から1日7便通っていますが、そのうち5便はこんな船です。

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進栄丸(14人乗り)……3tクラスだと思います

船室は、こたつを置くと4人でぎゅうぎゅうになるくらいの座敷と、3人ずつ向かい合わせに座るとようやくひざがあたらないくらいの区画に分かれていますが、小さめのキャリーを20~30も積んだら満杯です。どういう手順で数百頭のねこを捕獲し、それを搬送して、動物病院で不妊化手術を受けさせるか、それを考えるだけで頭が痛いというところですね。

いずれにせよ、ある程度正確な頭数把握が不可欠だ、ということになり、地元の自治会長さんたちにお話をうかがって、まず餌やりさんの人数と餌やり場所を確認することとしました。そして、10~15人ほどの餌やりさんを確認できたので、船の時間が許すかぎり1軒1軒回って、餌やりの場所と餌やり頭数をインタビュー調査することに。いくつか偶然ラッキーなことも重なって、半日で12名の餌やりさんからいろいろとお話をうかがうことができました。その結果、ある程度おおざっぱに見積もるとして、A自治会に約6ヶ所(80~100匹前後?)、B自治会に約4~5ヶ所(60~70匹前後?)、C自治会に約1ヶ所(10~15匹前後?)の餌やり場所にねこが集まるのでは、ということでした。ねこは少なく見積もって150、多く見積もって185となります。生後半年未満の子ねこはほとんどみかけませんでしたが、明らかに妊娠しているメスねこも10匹以上見かけましたし、把握し切れていないねこ、逆に重複しているねこもいるでしょうから、年齢的には繁殖能力のある成ねこが150~200匹、加えて、繁殖期に子ねこが一時的に増えると300~400匹を超えるのだろう、という印象です。もちろん、子ねこの多くはカラスやトンビにさらわれたり、重いねこ風邪にかかったり(目が開かない子ねこが多い、と聞きました)で成ねこになる前に命を落とすようです。


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A自治会の餌やり場のひとつ。数人の餌やりさんが10匹前後にあげているようです。

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この子は妊娠してます。

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さくらの木に登るチャトラのオス

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同じくA自治会の餌やり場のひとつ。餌やりさんもねこも、上とかぶる部分もありますが、こちらのほうがねこは多く、20匹近く集まるようです。

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よくなついてます。

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この子は、床下に入り込んで出られなくなっていました。

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にゃーにゃー鳴いているのでみんなでレスキュー。ちょっとうちの子のふみのレスキューを思い出しました。結局スパナではねじが錆び付いていて回らず、このあと電気工事用のサンダーを取りに走られました。

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こちらは基本的には個人の外飼い(ベランダ飼い)ですが、飼い主さん(餌やりさんでもある)の体調が悪く、「ここにいる10匹のねこを引き取ってもらえないだろうか」と懇願されました。答えに窮しましたが、保健所(動物管理センター)に持ち込めば1頭2,000円の引き取り料がかかり、しかも成ねこはほぼ全頭殺処分ということをお伝えすると、「それじゃあ、やっぱり不憫だからねえ、どうしたらいいでしょうかねえ」とがっかりされた様子でした。「○○さんだけの問題ではなくて、地域の問題としてねこのことを考えていきましょうよ」ということでその場を去りましたが、島に残っている方の多くは高齢者であり、多頭飼育崩壊の危険とは常に背中合わせの状態です。

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B自治会の餌やりさんの庭先です。室内飼い4匹のほか、飼いねこではない外ねこが10匹ほど? でも最近は減ってきているということです。亡くなった子はこうしてブロックを乗せたお墓に埋められています。左奥の洗濯機前に、子ねこ。

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意外に精悍な面構えです。

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B自治会(たぶん)にあるショッピングセンターも餌やり場所になっています。餌やりさんは2名、ねこは20匹ほど。基本的に「置いて行かれたねこ」が集まってきて、お客さんから餌をもらったりして群れるようになったようです。飲食物を扱う関係で、店員の方がかなりしっかりコントロールされています。「地域ねこ」にするなら、一番しやすい場所かもしれません。店員さんたちがおしゃべり好きで愛想のよい方だし、地域のひとびとが買い物にやってくるので、「地域ねこがどんなものか」「それでどんなメリットがありそうなのか」をクチコミで広げやすい。

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餌やり直後でほとんどねこたちは散っていましたが、1匹いたキジトラのメスが餌やりさんに寄り添います。

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このあとわたしも撫でてきました。

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よくくつろいでます。

もちろん、ねこ好きさんばかりではなく、畑(市営住宅脇の空き地の家庭菜園など)を荒らされて困る人々は、ネットを張ったりして自衛手段を講じています。

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たとえばこんな感じ。

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公営住宅の庭先。これだと実質的な効果はないでしょう。むしろ、近所の餌やりさんへの抗議の意志表明かもしれません。

さらに極端なケースとしては、わなを仕掛けたり毒餌を撒いたりして積極的にねこを「駆除」してしまう方も残念ながらいらっしゃいます。本人は、自分の畑を守るための正当防衛としてなんの罪悪感もなくやっていますが、厳密に言うと、完全に動物虐待に当たるケースですね。もちろん少数派で、周りのねこに困っているひとも「それはやりすぎだろう」と眉をひそめていますが、餌やりvsねこ嫌いの対立がそこまでエスカレートしてしまっているのも現実です。人間同士のトラブルが、ねこに向かってしまっている。

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港の待合室前もねこだらけです。

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一見ほのぼのしていますが……

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待合室にねこが入って糞をしたり、港に出迎えにやってきた車に寄っていくので、車が動けなくなったり轢きそうになったりしています。どうも、車でやってきて餌を撒くひとがいるんじゃないかな? 車が来ると、走り寄っていくねこは初めて見ましたが、笑えません。

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池島港から港近くの市営アパートを望む。もとは、もっとたくさん建っていたそうですが、住民が減って取り壊し、残った部分も現在は1つのアパートに1~2割ぐらいしか人が住んでいないようです。ただ、もともと7,000人規模で造られている街なので(この写真に写っているのは全体の約1/4~1/3になると思います)、離島にしては住宅は密集していますし、道路幅も広く、軽ではない普通車もけっこう走っています。「300人の島」と聞いて思い描くのとはかなり異質な空間がそこには広がっています。

隣家がごく近い都会的な居住空間、一方で空室が並ぶすかすかの住まい方、40~50年前の「特に何もかまわない、病気や事故で死んでもしかたがない、なるようになるしかない」という動物管理意識、少ない住民と同じかそれ以上の数のねこ、動物病院にアクセスが難しい地理環境……いろんな面でアンバランスなこの池島で、どういうふうに住民同士とねこたちが共存していけばよいか、なかなか難しいパズルであることは確かです。

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池島港桟橋の向こうに沈んでいく夕陽

帰りは、道の駅夕陽が丘そとめに立ち寄って、夕陽を撮ってきました。

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しばらくこの池島のねこ問題に関わっていくことになると思うので、随時報告します。

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