ねこと野鳥(2)

前回のつづきです。記事の方もつづきを出しておきます。

米で野良猫「駆除論」:野鳥被害、年24億羽 愛猫団体は反発

 米国で猫に殺される野鳥が年間24億羽に上り、深刻な脅威になっているとの論文が英科学誌ネイチャー・コミュニケーションズ(電子版)に発表された。野鳥保護団体が「すぐにでも対策が必要だ」と訴えるのに対し、愛猫団体は「猫を殺しても野鳥は救えない」と反発する。

 米スミソニアン保全生物学研究所の鳥類研究者らが過去の数十の調査結果から推計したところ、アラスカとハワイを除く米国では、猫に殺される野鳥は年間24億羽、ネズミやウサギ、リスなどの小動物は123億匹に上るという。

 飼い猫は約8400万匹、野良猫は3千万~8千万匹いると推測され、ほとんどは野良猫の仕業だが、野鳥の被害の3割近くが屋外にも行くことができる飼い猫によるという。研究者らは「ビルや自動車との衝突など人為的要因を調べた過去の研究に比べても、最も深刻な脅威だ」としている。米鳥類保護協会では以前から「飼い猫は室内で飼うべきだ」と訴え、同協会は「深刻な影響が出る前にこの問題を真剣に受け止めるべきだ」とコメントした。

 一方、野良猫の保護や避妊活動を展開する団体「アリー・キャット・アライズ」は「鳥や野生動物にとっての本当の脅威は環境汚染や生息域の破壊で、ネコを殺しても救えない」と反発している。 (ワシントン=行方史郎)

〔『朝日新聞』2013年2月19日夕刊2面〕

前回この元論文は「なんらかの意図をもって、『結果ありき』でつくられたもの」と指摘しましたが、そのあたりの裏がよくわかるのが、記事本文で挙げられている「愛猫団体」の「アリー・キャット・アライズ」の動きです。

アリー・キャット・アライズ(ACA, Alley Cat Allies)については「全米ノラねこデー(National Feral Cat Day)」で以前一度紹介していますが、地域ぐるみでのTNRを推進する団体です。ACAは、1月29日に件の論文がNature Communicationsに掲載された翌日の1月30日に、即座にこれを批判的に紹介し、非難する声明文を出しています(PRESS RELEASE: Alley Cat Allies Responds to Study's Claims on Cats and Birds)。元論文の問題点が、ねこの側から見て、よくわかります。またざっと全文訳してみます。

われわれACA(ノラねこ同盟)はネイチャー誌掲載のねこによる野鳥被害を訴える論文に反論する

当該論文は、ずっと以前に発表された・信頼に足りない研究に基づいた、極めて煽情的でゆがめられた「科学的」研究でしかない

 われわれACAは、国内で唯一のノラねこの保護と人道的扱いを促進する保護団体です。われわれは、このたびネイチャー誌に掲載されたねこと野生動物に関する偏見に満ちた研究に対して反論します。この論文は、外ねこ(outdoor cats)による捕殺数を水増ししようとする野鳥保護団体によるいわば「暗黙の(=あからさまにしない)キャンペーン」と呼ぶべきものです。

 ACAの共同設立者で理事長のベッキー・ロビンソン(Becky Robinson)は、「この研究は以前から継続的に行われている『ねこに対する中傷』キャンペーンの一環だ」と述べています。「論文の著者たちは、『まず結論ありき』で研究に取り組み、その結論に都合のよい研究だけを『つまみ食い』しただけのように思える。彼らが引用している研究の一部は半世紀以上前のものだ。あまつさえ彼らは、ねこを毒殺しようとした容疑によってコロンビア州特別区陪審によって有罪宣告を受け、その結果スミソニアン博物館から免職処分を受けたニコ・ドーフィン(Nico Dauphine)の研究すら引用しているのである。彼女(ニコ・ドーフィン)は、この論文の共同執筆者であるピーター・マーラ(Peter Marra)のためにねこを毒殺しようとして有罪となった」。

 「彼らのいう『研究調査』は、野生生物の減少に対して世間の注意を向けさせようとするありきたりの世論操作でしかない。『研究調査』とは名ばかりで、架空の議論を捏造しているに過ぎない。この論文は、自らに都合よく、野生生物の減少をもたらした真犯人から目をそらしている。言うまでもなくそれは、野生生物の生息環境の破壊を含む人間活動そのものである。」

 「さらに論文の著者たちは、彼らの提示する『解決策』が、実際には20世紀から続く『ねこの大量殺処分』という役立たずの環境政策の継続を支持するものである点について、口をつぐんでいる。1000万匹という数の健康なねこが収容施設やシェルターにおいてこれまでに殺されてきたが、多額の税金がそこにつぎ込まれたにも関わらず、このことはなにひとつ問題を解決していない。『さらなる殺処分』という政策をとることが正しい答えであるはずがない」、とベッキー・ロビンソンは述べています。

 彼女(ベッキー・ロビンソン)は、TNRについて、それはねこの世代再生産(子ねこ、孫ねこが生まれてくること)を断ち切り、ノラねこの個体数を安定させることに寄与すると述べ、だからこそ毎年より多くの自治体がTNRという革新的・共感的・常識的なアプローチへと転換し続けているのだとまとめている。

 「個体数を安定させたのちに減少させていくTNRの成功により、かつてはノラねこの大きな群れがあちこちにあった地域では、それらの群れが次第に消滅していっている。「捕獲・殺処分(catch and kill)」から「不妊化・リリース(neuter and return)」へと自治体が政策転換するだけの十分な理由がある。」

 「本当の意味で野鳥や野生生物に対して脅威となるのは環境汚染と生息環境の分断・破壊であり、その解決のための「簡単な」方策などない」と彼女は言う。「われわれは、煽情的な見出しと悪質な科学にだまされてはいけない。ねこの殺処分は決して野鳥や哺乳類の保護にはつながらない」。

 

……「ねこ殺しの容疑でスミソニアンをクビになった研究者の論文を引用している」というのも、たいがいセンセーショナルですが、もちろんさるねこ父はそのあたりの真偽に立ち入るつもりはありません。本当の意味で問題なのは、ベッキー・ロビンソンさんが後半で述べている部分です。

この論文の締めくくりは、前回の記事でも述べましたが、「科学的に信頼できる保護策と政策的な介入が必要だ」というものでした。そこではなにも「はっきり」とは述べられていません。そこが狡い。「じゃあ、どうしたらいいの?」という点について「ねこを殺しましょう」とは、論文の中ではひとことも述べられてはいないのです。

その一方で、論文の中では「ねこによる野鳥・野生哺乳類の捕殺数」について延々と記述が続きます。そして、「ねこがこんなに殺しちゃうんですよ、野鳥やリスがいなくなっちゃいますね、だからなんらかの保護政策が必要です」とだけ述べている。

ACAはそれに対し、「ねこの殺処分で問題は解決しない」と返していますが、元論文の執筆者からすれば「それはオーバーリアクションです、われわれはなにもそんなことは言っていない」という反論が可能です。実に狡猾です。

 

ACAはその後も「ジャンク・サイエンス(でたらめ科学)」に反対しようというネット署名活動を立ち上げたり(2月2日)、care2という国際署名サイト上で主張を展開したり(2月7日)しています。この先どういう展開になるのか、ぼちぼちウォッチしていこうと思います。

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